人は自分が理想としているものに、無意識に惹かれていくかもしれない

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「梅ちゃん、やるなー。」
津田梅子の生涯を読んでいて、私は思わず声がでた。

津田梅子が目指していた社会を知れば知るほど、「かっこいい!」と思うのだ。

津田梅子は明治時代に、日本で初めてアメリカに留学した女性の一人で、渡米したときはわずか6歳だった。それから、10年間アメリカで暮らし、教育を受けて日本に帰国した。

帰国時には、これから「日本社会で、女性教育で貢献する」と夢膨らませていたのに、日本に着いたら政局が変わっていて、女子留学生のことは政府からも忘れられている。そんな感じだった。

それでも、津田梅子は一貫して日本女性の地位の向上、日本女性の教育を天命と思い活動を続け、そして1900年に女子英学塾を開設した。女子英学塾は、今の津田塾大学の前身である。

こんにちは。札幌でWebプロデューサーをしている白藤沙織です。モノごとをズバリ言うので、「ズバリスト」と言われています。

なぜ急に津田梅子のことを書いているかというと、私が学んでいるエクスマで「歴史を調べる」という課題が出たからである。

当初、私は北海道開拓をテーマにしようと思っていた。そのときに、「日本初の女子留学生を募集したのは北海道開拓使」と知ったのだ。「これは私のテーマ!」とぴぴっときて、そこから北海道開拓使と津田梅子を調べたのだ。

津田塾大学を創立した津田梅子
「津田塾大学1984」より
今回のおもな資料。
新入生に販売したアルバム
「津田梅子」大庭みな子著(朝日新聞社)

どうしても行きたかった津田塾大学

私がなぜ「梅ちゃん」と呼ぶかというと、津田塾大学を卒業したからである。今はわからないが、私が在学していたときは、創立者の津田梅子のことを学生たちは親しみとちょっぴり反抗と尊敬の気持ちを込めて「梅ちゃん」と呼んでいた。みんなは知らないが、少なくても私の周りでは「梅ちゃん」だった。それだけ、津田梅子の想いは強烈に津田塾の心の中に伝わっていたのかもしれない。

が、私は津田梅子が創設した大学だから、津田塾大学を希望したわけではない。むしろ、津田梅子のことはあんまり知らなかった。私の得意な世界史、興味がある英語とスペイン語、そしてアフリカの文化を勉強できる私立大学を探していた。
オールラウンド型ではないので、国立大学は無理だったのである。その私の希望にぴったりあったのが津田塾の国際関係学なのである。女子大であることがひっかかったけれど、ここに行きたいと決めたら、一直線に進んでいくのが私なのである。

津田塾は自由で先進的な学校だったと思う。キラキラした女子大生も、勉強一筋の学生も、ちょっと変わった研究をする学生もいた。そして、先生たちもユニークで、自由に研究ができる環境があるから津田塾を選んだらしい男性の教授もいた。

大学4年生のとき。
学生寮は構内にあったので、大学の正門は自分のうちの玄関でもありました。
西寮の和室で。
寮のお友だちと撮影

津田梅子が目指していたことは、

男性と協力して対等に力を発揮できる自立した女性の育成

だったそう。これが教育理念になっている。

これは、私がずっと望んでいたことだ。
高校生のとき、「女は大学に行く必要がない」と同級生の男の子が言っていて、すごくびっくりしたのを覚えている。これが私が体験した女性差別の最初の経験だ。
どうして、女の子は勉強しちゃダメなんだろう。そんなことを思った。

逆に言うと、男の子なら励まされるように、女の子も自分が望むことをしたかったのだ。

津田塾に行くのは必然だったかもしれない。
学校に入ってからも、「自分の自分の人生は自分で切り開くのよ」と女性の先生たちがごく自然に言っていたから。

今でいう引き寄せなのかなぁと思う。

現状を知って自分から変わる

人種差別や女性差別は、私が勉強してきたテーマである。

「差別」の問題に取り組むとき、ひとつ差別される側も覚えておくことがある。それは、人間の尊厳を取り戻すことであり、差別している人たちに仕返しをすることではないことだ。
日本の中には、まだ男女差別は明らかにある。だから、女性が自分たちの置かれている状況に気づく必要がある。でも、それは男性を攻撃することとは全く違う。
自分たちも自分の力を発揮して、自分の生きていきたいと思っているだけなのだ。

けれども、ついつい仕返しみたいなことをしてしまうのも人間の性なのかな。

津田梅子がすごいと思うのは、「権利を主張する前に自分を変える」と決めていたと知ったからだ。

まず、自分が勉強して精神的に豊かになり余裕ができたら、自分に自信が持てるんだよね。そうすると、差別に対してキリキリしなくてもよくなる。

が、これは難しい。まずは勉強する場さえないのだから。だから、勉強する場を作ったということがすごいと思った。

「自分の本当の力に自信を持つ」って、とても大事なこと。
とくに女性は自分に自信を持つことを練習する必要があるよね。それには、女性がカンタンに劣っていると思わされてしまう、社会のシステムや慣例を知る必要があるし、心のケアが必要だ。

津田梅子は人に自分の考えを強要しなかった。
この文章を読んで、わかると思う。

先生をするのであれ、主婦になるのであれ、どのような方面の仕事をするのであれ、高尚な生活を送るように努力してください。古い時代の狭量さ、偏屈さを皆さんから追い払い、新しいことを求めつつ、過去の日本女性が伝統として伝えてきたすぐれたものはすべて保つ努力をしてください。

つまり、どんな人生を選んでもいいのよ。自分が選ぶならば。

  • 専業主婦として夫や子どもを支える人生もいい。
  • 結婚しなくてもいい。
  • 子どもを持って働き続けてもいい
  • 結婚しないで子どもがいてもいい

女の子だから自動的に結婚して子どもを生むっていうのではなく、自分はどうしたいのかってまず自分に聞いてみることだよね。

でね、私は女性が解放されたら、世の中はよくなり、男性も生きやすくなるって本気で思っているの。

人間は誰でもお母さんから生まれてくるでしょう。
そして、実の母親ではなくても、子どもは男の子も女の子も、女性に育てられるケースが圧倒的だと思う。

その身近な人が考えていること、やっていることは、ものすごく子どもたちに影響を与える。だから、女性が自由になることがとても大事なのだ。

女子留学生の募集を思いついた、北海道開拓使にいた黒田清隆は、「日本を強くするためには、まず日本女性に教育が必要」と考えた。男性も女性の教育が社会を変えるキーだと考えたらしい。これってすごいなぁと思う。

そういう希望をたくさん持ちたくて、そしてその希望を持つことはごくごく当たり前なんだよって何か証明したくて、そういう場所を探していたんだね。

今回のレポートは、動画で提出しました。
旧道庁が見えるお部屋をお借りできました。

歴史の語る課題は、自分を再発見するためにあったのかもしれない。
そして、「地元の国立大学」と口をすっぱくして言っていたのにも関わらず、東京の私立大学を選ぶ娘の意志を尊重してくれた両親には感謝している。

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 この記事の投稿者

白藤沙織

Web・印刷の株式会社正文舎取締役。 Webプロデューサー 兼 ライター。ときどきセミナー講師。 コーチやカウンセラーの資格を持ち、仕事に活かしています。 ダンス・歌・演劇好き。4コマ漫画のサザエさんをこよなく愛しています。

営業をどのようにしたらよいかわからないときに、Webサイトとブログ、SNSに出会う。以来、情報発信を丁寧にして未来のお客様と出会ったり、お客様のフォローをしています。

仕事もプライベートも「自分の生きたい人生を生きる」ために、「自信や勇気」を届けられたらうれしいです。

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